「地球の歩き方」から考察する、日本人が海外渡航を敬遠する理由。

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Foreign Culture
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とある記事の概要

皆さんは、海外に対してポジティブなイメージを持っているだろうか。それともネガティブに思っているだろうか。日帰りの韓国旅行から1年の留学、3年の駐在や10年以上にわたる移住など幅は様々だと思うが、多かれ少なかれ海外と接点を持つ機会はどこかしらにあるのが昨今では一般的だと思う。

先日、The Japan Timesに掲載されていた「どのようにメディアは日本人の若者は海外旅行を敬遠させるのか (How media discourages Japan’s youth from traveling abroad)」という記事を読んだ。なかなか的を射た記事で、日本社会の現状をリアルに捉えていると思う

以下、訳した文章である。意訳も入っているので正確な訳とはなっていない事に注意されたい。(下に要約もあるので飛ばしてもらっても構わない。)

日本を訪れる外国人旅行者は、日本が今までに訪れた事のある他のどの国よりもいかに異なっているのか、よく口にする。 今までに他の場所で見た事の無いようなその特異的な習慣や考え方に、旅行者たちは「日本人はまるで他の星に住んでいるかのようだ」と感想を述べるだろう。

もし海外への渡航が何らかの意味を持つとするならば、日本人の若い世代はこのような日本のガラパゴス的な感覚についての外国人の言い分には賛成しているのだろう。

海外旅行についてのデータは、20代のうち海外旅行に日本人の数は、2017年にはピーク時の1996年に比べて50%も少なくなり、近年では目立った増加は全く見られない。関連した調査では、半数以上の日本人は20代のうちに一度も海外へ渡航した事がなく、彼らの多くは特別行きたいと思っていない事が明らかとなった。

この状況は日本人の留学生についての状況と同じ程度に悪い。2004年にピークの80000人に達した後、その数は10年間で36%も落ち込み、50000人に減少した。今でも明確に再び増加する気配はない。

海外に行く日本人の若者が減少している事に関連して、何故海外旅行が多くの若者にとって望まれないものとなったのか、日本のメディアにおける自己分析が行われてきた。専門家による分析は言語による障壁やコミュニケーションスキルの欠落から、忙しく少子化の進む社会における中々増えない賃金に至るまで、多くの問題を提起している。

しかし分析の中で専門家は、よりシンプルでより分かりやすい理由を見逃している。このような理由を見つけるには、ただ日本の旅行ガイドブックを開きさえすれば良いのだ。

「地球の歩き方」は過去35年間に渡って日本の旅行ガイドブックのベストセラーとして君臨し続け、800万冊以上を売り上げた。このシリーズはよく日本版の「Lonely Planet」(海外でポピュラーな旅行ガイドブック)と呼ばれる一方で、この両者には特定の場所についての記述について興味深い相違が見られる。

「地球の歩き方」の目的地における潜在的な犯罪についてのより優れた分量の記述は潜在的な日本人の旅行者にとっての心理学的な障壁となり、日本人の若者が既に持っている外国に対しての「日本より明らかに危険・日本人旅行者は犯罪に巻き込まれる」という観念を強化している。

東アフリカについての「Lonely Planet」と「地球の歩き方」の記述の比較はとても良い実例となる。

「地球の歩き方」は紙面の莫大な分量を旅行中の危険性の強調に割いている。2013年の記事は「地球の歩き方」の記述をうまく要約している。まず始めに、ガイドは全地域において危険に満ち溢れており、最も大切な事は犯罪への注意であると強調している。「地球の歩き方」はさらに公園やダウンタウンをリストアップし、郊外の地域を全て「行ってはいけない場所」としている。都心部・サファリの両方において強盗にあうなどの日本人に向けた特定の危険については莫大な注釈をつけ、日本人旅行者の過去にあった実際のエピソードの具体例によって説明されている。

このような犯罪にフォーカスした記述は「Lonely Planet」とは大きく対照的だ。「Lonely Planet」の東アフリカのガイドは始めから同じ長さほどの記述の中にポジティブなトーンで記事を書いている。そこには地域の美しい景観や未だに残っている暴力についての展望(一方で、潜在的な危険があるからといって訪れる事をためらうべきではないと宣言している)が書かれている。こういった地域の町ですら、犯罪についての記述が「地球の歩き方」では最重要なトピックとして描かれている中で「Lonely Planet」ではカラフルな街並みの文化や犯罪や危険に対するどのような恐れをも凌駕するエネルギッシュな力強さを強調している。

もちろん、「Lonely Planet」は起こりうる犯罪についてもカバーしているが、「危険とイライラする事」という章で記述されている事であり、潜在的な危害についての情報が導入部で示された全体的なポジティブなトーンを台無しにしないよう配慮している。

この2つのガイドブックの違いは東アフリカについての記述によく表れている。様々な旅の目的地を通じて、「地球の歩き方」は一貫して日本人旅行者が犯罪に巻き込まれる可能性を最重要のテーマに吸え、無意識に読者を外国に旅行する事を躊躇させている。犯罪についての多大な注目によって、「地球の歩き方」は心理的な障壁を多くの日本人の若者に植え付け、日本の外の世界は危ない場所であるというストーリーを強調している。

犯罪に対しての過小評価を行い、異なる文化や美しい景観を見る事で得られる多くのメリットを強調する事で「Lonely Planet」は非日本人の読者たちに対して同じような心理的なハードルを植え付けてはいない。

外の世界に触れた事が殆ど無い日本人の若者にとっては、「地球の歩き方」や日本のニュース記事などのメディアは外国の社会と人々についてのイメージの形成に最も重要な役割を担っている。こういった日本のメディアがほとんどの場合で犯罪に支配された外国の地に対する恐怖を呼び込んでいるのは不幸な事である。こういったメディアが日本人旅行者に対し潜在的な被害に注目しない、他のストーリーを思いつかない限り、より多くの日本人の若者が外の世界へ踏み出して頻繁な旅行や短期間の居住へ説得する事は難しい。

訳を読まなかった方の為に、まずは簡単に記事の内容を要約しておきたい。この記事のテーマは、近年急速な落ち込みが見られる日本人の若者の海外渡航についてである。(根拠を示す)筆者はこのような落ち込みの背景に、日本人の危機管理意識に対するメディアの潜在的な操作を指摘している。

その代表的な例として皆さんもご存知「地球の歩き方」が指摘されている。おそらく、海外旅行を考えている人ならほとんどの人が読むであろうあの本。アメリカ・ヨーロッパ・アジアなど、世界中どの地域についてでも確実に1冊は出版されているその網羅性と、長年築き上げられた評判・ブランドが海外旅行ガイド本としての地位を揺るぎないものにしている。特に若者は年配者の選ぶツアーパッケージのような高い商品には手を出せないので、このような本は自ら行きたい場所を選ぶにはかなり重宝される存在だろう。

しかし、筆者はこの「地球の歩き方」を引き合いに出して、メディアによるガラパゴス的な日本人の価値観固定化に警鐘を鳴らしている

「地球の歩き方」が植え付ける行き過ぎた危機意識

なぜ「地球の歩き方」が諸悪の根源かのように扱われているのか。筆者としては行き過ぎた治安に対する慎重な姿勢が「外国は危険に満ち溢れた場所である」という潜在的なイメージを植え付けてしまっている点に問題があると主張している。これは何も「地球の歩き方」に限った話ではない。ただ「地球の歩き方」がその代表例となっているだけであり、日本のメディアの論調全体に対する警鐘として捉えるのが自然である。一方、海外ではかなり著名な旅行ガイドブック「Lonely Planet」のアプローチは大きく異なっていると筆者は同時に指摘している。見知らぬ土地に潜む危険については留意しつつも、あくまで旅によって得られるポジティブな経験に焦点を当てている点で日本のメディアが取るスタンスとは大きく異なっていると言える。

場所によっては、全然危険じゃない

私も、この記事の言い分にはある程度の説得力があると思う。筆者も記しているように、海外との接点に乏しい日本人にとってはメディアによる情報収集は大きな役割を担っている。そのメディアが「危険だ」と主張しているのであれば、どうしても日本人はそれを受け入れる方向に向かってしまうだろう。それでも海外には危険がない、と言い張るには、やはり自分の目で確かめる他はなくなってしまう。その分日本のメディアは外の情報に対してもっと客観的に記述するべきだし、その役割を担えないのであれば日本の海外に対する意識はネガティブなままで終わってしまうだろう。

私が留学していたドイツのケルンも、大規模なレイプ事件などを話に聞いていた事もあり、行く前はかなり身構えてしまっていたが全く危険な事は無かった。それはちょっと怪しい奴とかが屯している場所が無かった訳ではないが、普通に問題無く過ごせた。以前の彼女がルーマニア人だったのでブカレストにある彼女の家に訪ねた事もあったが、治安の状況はケルンより悪そうに見えたとはいえ、特に問題は起きなかった。確かに財布をデュッセルドルフで盗まれた事が一度会ったので、完璧な安全が保証されている訳ではないが、そもそもそんな世界はこの世のどこにもないハズだし、日本だって完璧に安全とは言い切れないだろう。そんな事を言い出したらキリがなくなってしまう。大事なのは、自分の身を自分で守る責任意識を持つ事だと思う。

海外を「危険」にさせているのは日本人自身ではないか?

しかし、だからと言って「地球の歩き方」が完全に悪い存在だと私は思わない。やはり日本から世界を見た時に「情報」が少ないのは確かだ。英語や現地の言葉で書かれているウェブサイトを探せばその選択肢の幅は広がると思うが、日本人にとっては日本語でソースを手に入れた方が手っ取り早いのは確かだろうし、「地球の歩き方」の信頼と実績に頼る事の方が効率的ではあると思う。ようはこれはリテラシーの問題である。その情報が主張する内容は本当に的を射たものなのか、個々人が自分で解釈しなければならない。さらに付け加えると、ここで議論されている「海外離れ」の進行というのはメディアが先行してその一翼を担っていると捉えるだけでは不十分だと感じる。やはり、日本人の気質として慎重になる部分は大きいと思うし、むしろ「地球の歩き方」のようなメディアは心配性な日本人が望んだ結果として生まれたものであるといった考え方も可能だろう。勿論、だからといって彼らには責任が無いとも言い切れない。やはりメディアの側も近視眼的な発想に囚われず、多様な視点から海外を伝えていく必要があると思う。その先の受け手である日本人による新たな解釈を信じてみないか。